「ワーク・ライフ・バランス」のカン違いと、今「働き方改革」が必要な理由

昨今、「働き方改革なんて迷惑! 働きたい人が自由に働けるようにしろ!」といった意見を目にすることがある。筆者も経営者であるから気持ちはよく分かるし、個人的には強い共感さえ抱いているほどだ。しかしそれでも筆者は「労働環境改善は、企業がこれからの時代を生き抜いていくために必須だ!」と訴え続けている。なぜなのだろうか。
新田 龍 2025.06.12
誰でも

筆者が経営する会社名には「働き方改革」を冠しており、「労働環境改善」と「ワーク・ライフ・バランス」の実現を支援している。また各種「ハラスメント」の予防と撲滅も専門分野のひとつだ。

働き方改革関連法施行から6年が経過し、各社で労働環境改善の動きが進展していることは喜ばしい限りだが、一方で昨今、これらのムーブメントに疑念や懸念を呈する意見もよく目にするようになった。たとえばこのようなものだ。

「働き方改革だの、労働時間規制だなんて迷惑でしかない! 働きたい人が自由に働けるようにしろ!」

「ビジネスパーソンとしての成長は、20代前半の膨大なインプットで決まる! そんな大事な時期に休ませすぎるのは、彼らのためにならない!!」

「なんでもかんでもパワハラ扱いされたら、ロクに指導なんてできない!極端なコンプライアンス規制が、日本企業の国際競争力を阻害している!!」

おもに企業の創業経営者や、活躍しているビジネスパーソンにこの手の発言が多いように感じられるが、もしかしたら読者諸氏の中にも近しい考えの方がおられるかもしれない。

筆者自身も、社会人人生の始まりは急成長中のベンチャー企業であり、現在は企業経営者であるから、彼らの気持ちはよく分かる。むしろ、個人的には強い共感さえ抱いているほどだ。しかしそれでも筆者は「労働環境改善は、企業がこれからの時代を生き抜いていくために必須だ!」と訴え続けている。では、それはなぜなのだろうか。

私が、個人的な信念とは真逆の「労働環境改善」を訴え続ける理由

それは、「もっと働かせろ!」「休みなんて要らない!」「コンプライアンスなんて迷惑!」と叫ぶ人々が、おしなべて「少数派の強者」であり、かつ「自らの強さに無自覚」だからだ。

彼らは日々プレッシャーに晒される創業経営者であったり、厳しい環境の中で競争に勝ち抜いてきた選りすぐりのエリートであったりする。そういった人たちは往々にして体力オバケであり、ストレス耐性が高く、プレッシャーをプレッシャーとも思わない。多少厳しい局面でもそれを楽しみ、成長のチャンスとさえ捉えられる人でもあるだろう。そういったタイプの人は、組織の中では明らかにレアな存在なのだ。よく言えば「超人」、悪く言えば「変態」といったところだろう。

彼らはビジネス社会においては圧倒的強者であり、だからこそ現在の「経営者」「管理職」「出世頭」といった地位に至ることができた。たしかに彼らにとっては長時間労働や強烈なプレッシャーなどは特段の苦でもなく、むしろそれらを乗り越えて得られる成果こそがモチベーションの源であり、努力を努力とさえ感じなかったかもしれない。

しかし、世の中はそんなタイプの人ばかりではない。というより、世の中の働く人の圧倒的多数は真逆のタイプであろう。日々の生活の糧を得るために仕方なく仕事をしているのであり、大過なく過ごして月々の給料を得られればそれで充分。当然、長時間労働やプレッシャーなんてないほうがいいし、自己成長や組織貢献などと言われても迷惑な話で、そんなものに日々晒されるくらいなら辞めてやる、といった反応こそが当たり前なのだ。仕事を通じて成長したい、自己実現したいといった野望を抱いている圧倒的強者は、圧倒的少数派なのである。

実際、厚生労働省「2023年労働安全衛生調査(実態調査)」結果によると、現在の仕事や職業生活に関することで「強い不安、悩み、ストレスと感じる事柄がある」と回答した労働者の割合はなんと全体の「82.7%」にものぼり、働く人の大多数がストレスを感じていることが明らかになっている。

「労働時間規制反対!」「コンプライアンス強化反対!」を叫ぶ人の陰では、人知れずハードワークやプレッシャーに打ち勝てず第一線から退いてしまった人は大勢いるわけで、長時間労働でさえなければ、また厳しいプレッシャーやハラスメントがなければ、そういった人たちも働き続けることができたはずなのだ。

「生き残れた人」や「成功した人」だけの視点で、全体像を理解せずに「働き方改革なんて迷惑だ!」と結論を出してしまうのは文字通りの「生存者バイアス」であり、我が国の持続可能な発展にあたってそれこそ迷惑でしかない。

ご存知のとおり、我が国では急速に労働人口が減少している。筆者の生年である1976年(昭和51年)に生まれた筆者の同期は約180万人いたが、今年の新入社員にあたる2003年(平成15年)生まれは約112万人。すでにこの時点で、今の若者は我々世代よりも1.6倍の希少価値があるといえるわけだ。さらには先般報道があったとおり、2024年の出生数は約68万人。この子たちが新入社員になる頃、希少価値は我々世代の2.6倍に跳ね上がることになる。

「若い働き手」というだけで希少価値を持つような時代において、労働時間規制に反発し、「もっと働かせろ!」と要求するようなレア人材は極めて少数派となり、壮絶な争奪戦となるはずだ。とてもではないが、世の中の大多数を占める中小企業には採用できないだろう。

人手不足が深刻化し、求人企業と求職者間のパワーバランスが逆転することが確実となった今だからこそ、ストレスやプレッシャーに弱い人でも、育児や介護・看護などの事情があってどうしても残業できない人でも、第一線の戦力となって働いてもらえるようにするために、「働き方改革」は必要不可欠なのだ。

働き方改革とは、単に休みを増やし、残業を無くして「ヌルい環境」にするための福利厚生的な取り組みではない。組織内の不合理な仕組みを見直し、仕事のムリ・ムラ・ムダをなくし、残業をゼロにし、ハラスメントを撲滅することで、さまざまな制限条件を持った人にも活躍してもらう環境を整備することにより、「人口減少社会を生き抜いていくための、攻めの経営戦略」なのである。

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