なぜ日本では解雇が難しい?これから進めるべき制度改革とは
「本日付で解雇です。明日から来なくていい」
ある日突然、社長に呼び出され、そう告げられたらどうするだろうか。家族への説明、翌月からの生活費、住宅ローン、再就職先。考えなければならないことは山ほどある。
日本では、正社員は法律で手厚く守られており、会社は簡単に解雇できないといわれる。ところが現実には、経営者から突然解雇を言い渡され、そのまま職場を去る人もいる。
その一方で、経営者からは「仕事ができない社員を何年も雇い続けなければならない」「問題社員を解雇しようとすると、多額の費用がかかる」といった不満も聞こえてくる。
なぜ、日本では解雇が難しいといわれながら、実際には突然クビになる人がいるのだろうか。そして、こうした制度は日本経済にどのような影響を与えており、解決する方法はないのだろうか。
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たとえ問題社員であっても、安易な解雇は難しいのが現状
先日、インターネットニュース番組「ABEMA Prime」の解雇問題に関する特集「解雇規制が厳しい日本でクビになった人たち」にコメンテーターとして呼んで頂き、我が国における解雇の仕組みや現状について語ってきた。本稿は、番組内で解説した内容に加え、進行都合上説明しきれなかった点についても詳説した「現代日本における解雇問題」の完全版記事である。
番組内では、解雇にまつわる2つの事例が紹介されていた。
1人は、展覧会などの設営を行う会社に10年間勤務していた男性だ。社長から突然「本日付で解雇」と告げられたという。
会社側が挙げた理由は、「交通費を受け取りながらマイカー通勤していたこと」、「仮払金の使い道に疑問があること」、「顧客からのクレームによって会社に損害を与えたこと」などだった。なお会社側は「指導しても改善がなかった」と主張している。
もう1人は、新卒で大手メーカーに入社したものの、わずか9カ月で懲戒解雇された男性だ。
本人の説明によれば、会社によるステルスマーケティングの推奨に反発し、上司に対して「人を騙したお金で生活していて恥ずかしくないんですか」と批判した。その後、地方の倉庫へ異動となり、退職勧奨を受けた。面談を録音していたことが発覚し、週刊誌への情報漏洩を疑われた末に懲戒解雇されたという。
いずれも本人側の言い分だけであったため、それだけで解雇の有効/無効を断定することはできないが、読者・視聴者の皆さまにとっては、「社員側にも相応の問題があったみたいだし、クビも仕方ないんじゃないの?」と感じられたかもしれない。
心情的にはそうかもしれないが、これらの事案が裁判になった場合、おそらく「会社側の対応に問題があった」として、解雇は無効と判断されるだろう。それくらい、「たとえ問題社員であったとしても、安易に解雇することは難しい」のが現状なのだ。
「明日から来なくていい!」は、法律上許されるのか
「日本では解雇が難しい」とよく言われるが、まず知っておきたいのは、我が国では、別に「解雇はダメだ!」と法律でガチガチに縛られているわけでも、解雇したら即処罰されるわけでも、解雇に労基署や裁判所の許可を得る必要があるわけでもない、ということ。解雇自体は会社が自由にできるのだ。
ただし、ここで重要になるのが「判例」の存在だ。我が国では、過去の裁判で積み重ねられてきた判断基準が、解雇の有効性を判断するうえで大きな役割を果たしている。そのため、会社が一方的にクビを通告してきたとしても、従業員側が「不当解雇だ!」として裁判を起こせば、過去の判例などに照らして厳しく審査される。そこで「解雇は重すぎる」と判断されればその解雇は無効となり、会社は解雇期間中の賃金の支払いを求められたり、従業員を復職させなければならなくなったりするのだ。
つまり日本で「解雇が難しい」といわれるのは、解雇自体が難しいからではない。いざ争われた際に、解雇が法的に有効だったと認められるためのハードルが高く、しかも、その判断結果を会社側が事前に予測しにくいからなのだ。
したがってマンガやドラマのように、社長がクビにしたい社員に「明日から来なくていい!」と言い放つこと自体はできる。しかし、「それによって解雇が法的に有効になるとは限らない」し、そこから「泥沼のように揉めてしまうリスクがある」というのがポイントだ。
労働契約法第16条では解雇について「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」がなければならない、と規定している。
簡単にいえば、誰が見ても納得できるような解雇理由があり、しかもその問題を理由にクビにすることが妥当といえるか、について会社側がきちんと説明できないといけない、ということだ。
より具体的に説明しよう。たとえば「従業員がミスをした」というだけでは、通常は解雇理由として不十分と判断される。それがどれほど重大なミスだったのか、会社は普段から十分な指導をしていたのか、本人に改善の可能性はないのか、といった事情が問われるからだ。
会社に大きな損害を与えるような重大な不正行為であれば、一度の行為でも解雇が認められることはある。反対に、軽微な問題を何度か繰り返した程度では、「解雇は重すぎる」と判断されることになるだろう。
また原則として30日前に解雇を予告するか、不足する日数に応じた解雇予告手当を支払う必要もある。即日解雇なら、原則として30日分以上の平均賃金に相当する手当が必要だ。
だからといって解雇予告手当を支払えば、どのような解雇でも有効になるというわけでもない。解雇手続きの適法性と、解雇理由の正当性は別の問題だからだ。
なぜ日本では「解雇が難しい」と言われるのか
日本で「解雇が難しい」と言われる理由は、解雇自体が困難なのではなく、裁判になった際に解雇が有効と認められるためのハードルが高く、その判断結果を会社側が事前に予測しにくいからだ、と先述した。ここをより具体的に解説していこう。
日本の解雇にまつわる法制の特徴は、法律の条文が比較的抽象的で、個々の解雇が有効かどうかを、具体的な背景事情に応じて個々に判断する仕組みになっていることだ。
例えば、能力不足を理由に社員を解雇しようとする場合、法律には「何回注意すれば解雇できる」「何カ月改善指導すれば十分」といった明確な基準が書かれていない。
会社がどのような教育を行い、どれほど改善の機会を与え、配置転換などによる雇用継続が可能だったかといった事情が総合的に考慮される。
そのため、経営者としては「ここまでやれば解雇できる」という見通しを立てにくい。
もちろん、会社の規模や採用条件によっても事情は異なる。
多くの部署を抱える大企業であれば、配置転換して別の仕事に従事させる余地があるかもしれない。しかし、従業員10人程度の小規模企業では、仕事自体が属人的であったり、部署が分かれていなかったりして、「今本人が担当している仕事以外に任せられる仕事」自体が存在しないケースもあるだろう。
また、未経験者として採用した社員と、特定分野の高度な能力を前提に高待遇で採用した専門職では、会社に求められる教育や改善機会も同じではない。
こうした個別事情を踏まえて判断することには合理性がある一方、解雇が果たして有効なのか無効なのかという結果を事前に予測しにくいという問題もある。
実際、OECD(経済協力開発機構)の2026年の対日経済審査でも、「日本の解雇規制は裁判所の判断に委ねられる部分が大きく、企業にとって解雇の有効性を予測しにくい」旨が指摘されている。
実際法律条文だけを読めば、日本の解雇規制は国際的に突出して厳しいわけではない。OECDの2026年雇用見通しでは、日本の正社員に対する雇用保護規制の厳格さは、OECD平均をわずかに下回る水準と評価されている。
つまり、日本の問題は単純に「解雇自体が難しい」ことではなく、「解雇できる条件が分かりにくく、企業にとって紛争の結果を予測しづらい」ことにあるのだ。
解雇を争われると、会社側の負担も大きいものとなる
仮に会社が社員を解雇し、本人が「不当解雇だ!」として裁判を起こした場合、会社は解雇理由を裏付ける資料を集め、弁護士と打ち合わせを重ね、裁判に対応しなければならない。しかも裁判で解雇が無効と判断されれば、法律上は「雇用契約が続いていた」という扱いになる。
例えば、月給30万円の社員について、解雇から1年後に裁判で「無効」と判断された場合、働いていなかった期間の賃金として、単純計算で360万円の支払いが必要となるのだ。実際の金額は、解雇期間中に他社で得た収入などによって調整される場合もある。
さらに本人が復職を希望すれば、会社としては原則として雇用継続に対応しなければならないのだ。そして、復職ではなく金銭で解決する場合にも、まとまった解決金が必要になることがある。
労働政策研究・研修機構(JILPT)が2023年に公表した調査では、雇用終了紛争の解決金は、裁判上の和解で平均約613万円、中央値300万円、月収換算の中央値で7.3カ月分だった。比較的短期間で紛争解決を図る労働審判では、平均約285万円、中央値150万円、月収換算の中央値で4.7カ月分である(ただしこれらは実際に金銭解決した事件の統計であり、「解雇した会社が必ずこの金額を支払う」という意味ではない)。
また、一定期間に会社都合の解雇を行っていないことが支給条件となる雇用関係助成金もある。解雇したことで、予定していた助成金を受け取れなくなる可能性もあるのだ。
このように、解雇には法律上の制約があり、紛争に発展した場合の負担も大きい。日本で「解雇が難しい」といわれる背景には、こうした事情があるわけだ。
それでも、突然クビになる人がいるのはなぜ?
ここで、冒頭の疑問に戻ろう。
解雇することは実務上困難なはずなのに、なぜ突然クビになる人がいるのだろうか。